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高松高等裁判所 昭和59年(行コ)5号 判決

控訴人(原告) 越智十郎

被控訴人(被告) 松山地方法務局登記官

訴訟代理人 岸本隆男 武田正彦 片山朝男 外一名

主文

原判決を取り消す。

控訴人の本件各訴えを却下する。

訴訟費用は第一・二審とも控訴人の負担とする。

事実

(当事者の申立)

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2(一)  松山市梅津寺町字表山乙五六番六二畑一町一反二畝三歩につき、昭和二七年九月一〇日受付の申告に基づきなされた、右土地を同番六二畑七反五畝一〇歩と同番二九六畑三反六畝二三歩とする分筆が無効であることを確認する。

(二)  被控訴人は、右分筆に基づき松山地方法務局昭和二七年一〇月一四日受付でなされた土地分割登記を抹消せよ。

3(一)  右分筆後の同番六二の土地につき、昭和二九年一二月一〇日受付の申告に基づきなされた、右土地を同番六二畑三反七畝一五歩と同番二九七畑三反七畝二五歩とする分筆が無効であることを確認する。

(二)  被控訴人は、右分筆に基づき松山地方法務局昭和二九年一二月一〇日受付でなされた土地分割登記を抹消せよ。

4  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

(当事者の主張)

被控訴人において、別紙記載のとおり付加陳述したほかは、原判決事実欄第二当事者の主張の項の記載と同じであるから、これを引用する。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一  控訴人の本件各訴えは、登記官がした土地の分筆登記に重大明白な瑕疵があるとして、その登記の無効確認及び抹消を求めるというものであるところ、抗告訴訟の対象たる行政事件訴訟法三条の処分といいうるためには、個人の法律上の地位ないし権利関係に対し直接に何らかの影響を及ぼすものでなければならないと解せられるから、分筆登記がそのような処分性を有するか否かについて検討する。

1  登記官の行う登記のうち、所有権その他の権利に関する登記は、実体上物権変動の対抗力に影響を及ぼすものであり、また、表示の登記であつても、滅失登記や建物の表示の登記は、やはり同様の影響を及ぼすものであると考えられるから、これらについては、処分性を肯定してよいと思われる。

2  しかし、不動産登記法八一条ノ二、八二条、八三条の規定に徴すると、土地の分筆登記は、土地の物理的形状の変化を要件とすることなく、登記簿上の土地の単一性を変更し、一筆の土地を数筆の土地にする形成的効果を有するものであり、その登記の実行手続は、従前地から分かれていく土地について新たに独立の登記用紙を開設し、その表題部に同土地の表示及び従前地の登記用紙(既存用紙)から分割によつて移した旨の記載をする、従前地の登記用紙の表題部には、分筆の結果である残余の土地の表示及び分割によつて他の部分を右の新設用紙に移した旨の記載をし、従前の表示を朱抹する、従前地の登記用紙に所有権その他の権利に関する登記があるときは、その登記を右の新設用紙の相当区事項欄に転写する、などの方法で行われるのであるから(なお、本件各分筆登記は、昭和二七年及び同二九年になされたものであるが、以上のことと基本的な相違はない。)、土地の登記に由来する個人の法的地位は、分筆後の筆数に応じた数に分割されることにはなるけれども、その総和は分筆前の法的地位と等価であるということができる。したがつて、分筆登記がなされても、登記名義人はもとより、隣地所有者その他の第三者も、法的な不利益を受けることはありえないと考えられるので、分筆登記について前記のような処分性を肯定することは困難であるといわざるをえない。

3  もつとも、分筆登記は、他の表示の登記とは異なり、申請によつてなされることとされ(不動産登記法八一条ノ二第一項)、職権によるのは例外にすぎない(同条四項)ので、申請主義の原則が採られているといえること、分筆登記は、土地の物理的な状況を公示するためではなく、登記名義人の土地の処分等の便宜のためになされるものであつて、結局、登記名義人の分筆の意思に立脚するものであるといえることなどにかんがみると、分筆登記については、登記名義人には、単なる手続的な申請権にとどまらず、申請どおりの分筆登記を請求する実体上の申請権があり、その申請が却下されると、登記名義人は、自己の便宜に従つて登記簿上土地を分割するという法的権利を侵害されることになる、と解する余地が多分にあり、そう解すれば、分筆登記の申請却下については、前記のような処分性を肯定できるし、却下されずに一応分筆登記がなされた場合であつても、申請人の申請意思と登記官の分筆の決定とが食い違つているときは、申請却下の実質を有することになるから、その分筆登記に処分性を認めるべきこととなろう。しかしながら、かかる見解に立つとしても、右の食違いがあるかどうかは、登記簿への記入だけでなく、申請書添付の地積測量図や公図を比較するなどの方法によつて推認するほかないところ、本件各分筆登記が申請人の申請意思と食い違つているとはにわかに認め難いので、結局、本件各分筆登記について処分性を肯定することはできない。

4  以上の次第であつて、本件各訴えは、処分性を欠くものを対象とするものであるから、訴えの利益の存否を論ずるまでもなく、不適法として却下を免れないというべきである。

二  そうすると、本件各訴えを不適法として却下した原判決は、結論においては相当であるが、その理由を、本件各分筆登記につき処分性は認められるが訴えの利益を欠く、としている点において不当である。しかして、このように、第一審が訴えを不適法として却下した理由は不当であるが、他の理由でなお訴えを不適法と解すべき場合は、控訴審は、民事訴訟法三八六条に則り、第一審判決を取り消したうえ、あらためて訴え却下の自判をするのが相当であり、同法三八四条二項、三八八条は適用されないと解せられる。

よつて、原判決を取り消し、本件各訴えを却下すべく、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本勝美 早井博昭 山脇正道)

(別紙)

被控訴人の主張

一 分筆登記が行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条にいう「処分」に当たらないことについては、原審における被告答弁書の第一・一・1及び同準備書面(一)の第一・二・1・(一)において主張したところであるが、これに反し原判決は、分筆登記が右「処分」に当たると判示したので、この点について、更に次のとおり主張する。

二 原判決は、分筆登記が実体法上の権利関係に直接影響を及ぼすものでないことを認めた上で、土地所有者の分筆する自由は、不動産登記法(以下「法」という。)上権利として承認されているので、登記官の行う分筆登記は、この分筆の自由を侵害するとして行訴法三条にいう「処分」に当たる旨判示している。

しかしながら、原判決の論理には次に述べるとおり承服し難いものがある。

すなわち

1 法八一条の二、四項のように分筆登記には登記官が職権で行うものがあるが、原判決の前記理由では、この場合に右分筆登記が「処分」に当たることを説明することができない。

2 法八一条の二、一項によれば、申請による分筆登記の場合、申請人は、土地所有者ではなく、「表題部に記載したる所有者又は所有権の登記名義人」である。したがつて、土地所有者でない所有名義人が右申請を行う場合もあり得る。ところが、原判決は、土地所有者の分筆の自由を法的権利として認め、これを理由に分筆登記が右「処分」に当たることを認めているのであるから、土地所有者でない所有名義人には右権利は認められないはずであり、そうすると、原判決の論理ではこの場合に右「処分」に当たることを説明できないというべきである。

3 原判決は、法は土地所有者の分筆の自由を権利にまで高めた旨判示するが、そもそも分筆の本質は、登記官に職権として認められた地割権の行使であつて、土地所有者のなす分筆申請は、登記官の専権に属する右地割権の発動を申し立てるにすぎないから、原判決の右判示は失当というべきである。

4 原判決は、分筆登記が実体法上の権利関係に直接影響を及ぼすものでないことを認めた上で、法は土地所有者の分筆の自由を権利にまで高めた旨判示していることから、右にいう権利は、手続上の権利であることが明らかである。

ところで、手続上の権利なるものは実体上の権利の実現に資するために認められたものであるから、手続上の権利侵害は、原則として実体上の権利に何らかの影響を及ぼすというべきであり、したがつて、そのような手続上の権利侵害の場合には、「処分性」を肯定すべきであろう。しかし、その反面、実体上の権利に何ら影響を及ぼさないような手続上の権利侵害の場合に「処分性」を肯定する理由も必要もないというべきである。

しかして、原判決も認めるとおり、分筆登記は実体上の権利に影響を及ぼさない、つまり、原判決のいうところの分筆自由の権利侵害は、実体上の権利に影響を及ぼさないのであるから、「処分性」を肯定すべきでないというべきである。

三 以上述べたとおりであるから、やはり、分筆登記は、行訴法三条の「処分」に当たらないというべきである。

原審判決の主文、事実及び理由

主文

本件各訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1(一) 松山市梅津寺町字表山乙五六番六二畑一町一反二畝三歩につき、昭和二七年九月一〇日受付の申告に基づきなされた、右土地を同番六二畑七反五畝一〇歩と同番二九六畑三反六畝二三歩とする分筆が無効であることを確認する。

(二) 被告は、右分筆に基づき松山地方法務局昭和二七年一〇月一四日受付でなされた土地分割登記を抹消せよ。

2(一) 右分筆後の同番六二の土地につき、昭和二九年一二月一〇日受付の申告に基づきなされた、右土地を同番六二畑三反七畝一五歩と同番二九七畑三反七畝二五歩とする分筆が無効であることを確認する。

(二) 被告は、右分筆に基づき松山地方法務局昭和二九年一二月一〇日受付でなされた土地分割登記を抹消せよ。

二 請求の趣旨に対する答弁

1 本案前の申立

主文同旨

2 本案の申立

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 請求原因

1(一) 松山市梅津寺町字表山乙五六番六二畑一町一反二畝三歩(以下「旧乙五六番六二」という。また、所在地名が右土地と同じ場合は省略して地番のみ表示することとする。ただし場合によつて地目、地積も合わせて記載することがある。)は、大野鹿男の所有名義であつたが、同人は、昭和二七年九月一〇日、松山地方法務局に対し、右土地を乙五六番六二畑七反五畝一〇歩及び乙五六番二九六畑三反六畝二三歩とする分筆の申告をした。その際分筆申告書に添付された分割地形図には、分割後の乙五六番二九六の所在地が真実は乙五六番一一九のあるべき位置に表示されていた。したがつて、登記官は、右分筆申告を却下すべきであつたのに、これを受理して分筆した。登記官の右処分は、重大明白な瑕疵を含むものであり無効である。

(二) 松山市は、昭和二七年一〇月一四日、大野鹿男の債権者として代位により、松山地方法務局に対し、右分筆(以下「本件第一の分筆」という。)に基づく土地分割登記の嘱託をなし、登記官は、右嘱託を受理して登記をなした。しかし、右登記(以下「本件第一の分筆登記」という。)は、無効な分筆を原因とするものであるから、それ自体も効力を有さず、その記載は抹消されるべきである。

2(一) 分筆後の乙五六番六二(以下「前乙五六番六二」という。)は、大野鹿男の所有名義であつたが、松山市が昭和二九年一二月一〇日、大野鹿男の債権者として代位により右土地を乙五六番六二(以下「新乙五六番六二」という。)畑三反七畝一五歩及び乙五六番二九七畑三反七畝二五歩とする分筆の申告をした。その際分筆申告書に添付された松山市共葬墓地分割図には分割後の乙五六番二九七の所在地が真実は松山市新浜町乙五六番二八二のあるべき位置に表示されていた。したがつて、登記官は、右分筆申告を却下すべきであつたのに、これを受理して分筆を行つた。登記官の右処分は、重大明白な瑕疵を含むものであり無効である。(以下「本件第二の分筆登記」という。)

(二) 松山市は、昭和二九年一二月一〇日、大野鹿男の債権者として代位により、松山地方法務局に対し、右分筆(以下「本件第二の分筆」という。)に基づく土地分割登記の嘱託をなし、登記官は、右嘱託を受理して登記をなした。しかし、右登記(以下「本件第二の分筆登記」という。)は、無効な分筆を原因とするものであるから、それ自体も効力を有さず、その記載は抹消されるべきである。

3 原告は、昭和四八年五月二〇日、下岡政一が新乙五六番六二についてその所有者黒田昭徳に対し有していた売買予約上の買主の権利を譲り受け、同年七月四日受付で下岡政一名義の所有権移転請求権仮登記の移転の付記登記を受け、昭和五〇年三月ころ、黒田昭徳に対し右売買予約の完結権を行使する旨の意思表示をした。新乙五六番六二は別紙図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イの各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地(以下「本件土地」という。)である。本件土地については、松山地方裁判所昭和三五年(ワ)第三六三号土地所有権確認請求事件並びに昭和四八年(ワ)第二七九号土地所有権確認参加事件(以下これらを一体として「前件訴訟」という。)において、原告(右事件の参加人。)と松山市(右事件の被告。)との間でその所有権の帰属が争いになり、原告は本件土地が新乙五六番六二であると主張して原告が所有権を有することの確認を求めたが、本件第一及び第二の各分筆(以下「本件各分筆」という。)がなされそれらに基き本件第一及び第二の各分筆登記(以下「本件各分筆登記」という。)がなされたため、判決では、新乙五六番六二は、登記簿上の表示はあるが、それに対応する現実の土地がない幽霊地であり、本件土地は新乙五六番六二ではないとされて、本件土地の所有権確認を求める原告の請求が棄却され、右判決は原告の控訴、上告を経て確定した。

原告が右訴訟で敗訟したのは、本件各分筆が存在しこれらに基づき本件各分筆登記がなされていたためであり、右各分筆が無効であることが確認され右各登記が抹消されれば、原告の本件土地についての所有権が新たに認められる可能性がある。

4 原告は、昭和五六年一〇月二七日、黒田昭徳に代位して松山地方法務局登記官に対し、本件各分筆登記の抹消を求める登記申請をしたが、右申請は昭和五六年一一月一三日付決定により添付書類が不備であるとの理由で却下された。

5 以上により、原告は、本件各分筆がいずれも無効であることの確認の裁判及び本件各分筆登記の抹消を被告に命じる裁判を求める。

二 被告の主張

1 本案前の主張

(一) 分筆は、客観的に存在する一筆の土地を土地の物理的形状には何ら変動のないままに、単に公簿上細分化して数筆の土地とするにすぎず、当該土地及び隣接地の区画形質並びにそれらの土地の所有者の権利義務に何ら影響を及ぼすものではない。したがつて、分筆は行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条の「処分」に当たらないから、その無効確認の裁判及びその登記簿の記載の抹消を被告に命じる裁判を求める本件各訴えは不適法であり、却下されるべきである。

(二) 請求の趣旨1(二)及び2(二)の各訴えは行政庁に対し一定の作為を求める行政訴訟(給付訴訟)であるが、このような訴訟は、(イ)行政庁が当該行政処分をなすべきことが法律上覊束されていて行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないために、第一次的判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でないと認められること、(ロ)行政庁の処分に先立つ事前の司法審査を認めないことにより原告のこうむる損害が大きく、事前の司法救済の必要性が顕著であること、(ハ)他に適切な救済方法がないこと、の各要件がすべて満たされる場合にのみ認められるものである。しかし、請求の趣旨1(二)及び2(二)の各訴えは、これらの要件を満たすものではないから不適法であり、却下されるべきである。

(三) 訴えの利益

(1) 分筆はそれ自体完結した行為であり、それに続く処分がなされて原告に損害を生じさせるというおそれはない。また、原告は、新乙五六番六二につき売買予約上の買主の権利に基づく所有権移転請求権登記を有するに過ぎず、本件各分筆が無効であることの確認及び本件各分筆登記の抹消を求める何らの法律上の利益も有しない。したがつて、本件各訴えは不適法であり却下されるべきである。

(2) 登記申請又は登記嘱託が一旦受理されて登記が完了した以上、その登記が不動産登記法四九条一号又は二号に該当する場合を除き、登記官が職権で登記を抹消することはできないし、登記官に対しその登記の取消を訴求することも許されない(最高裁昭和四二年五月二五日第一小法廷判決、民集二一巻四号九五一頁)。しかるに、本件各分筆登記が不動産登記法四九条一号、二号のいずれにも該当しないことは明らかであるから、右各分筆登記の抹消を求める訴えは、判決で命じられても登記官の為しえないことを求めるものであり、訴えの利益を欠くから不適法である。また、本件各分筆が無効であることが確認されても本件各分筆登記の抹消が許されない以上、右各分筆の無効確認を求める訴えも訴えの利益を欠き不適法である。

(3) 本件各分筆登記の抹消が認められるとすると、右各分筆登記により細分化された新乙五六番六二、乙五六番二九六及び乙五六番二九七の三筆の土地を合筆するのと実質上同一の結果を生じさせることになる。ところが現在新乙五六番六二の登記名義人は黒田昭徳であり、乙五六番二九六及び乙五六番二九七の登記名義人は松山市である。このように現在の所有権登記名義人の異る三筆の土地の表示を分筆登記を抹消することにより分筆前の旧乙五六番六二に回復させることは不動産登記制度の本質及び不動産登記法八一条ノ三の規定の趣旨に照らしもはや許されないものと解すべきである。したがつて、本件各分筆登記の抹消を求める訴えは判決で命じられても登記官の為しえないことを求めるものであり、訴えの利益を欠くから不適法である。また、本件各分筆が無効であることが確認されても本件各分筆登記の抹消が許されない以上、右各分筆の無効確認を求める訴えも訴えの利益を欠き不適法である。

2 請求原因に対する認否

(一)(1) 請求原因1(一)のうち、旧乙五六番六二が大野鹿男の所有名義であつたこと、同人が昭和二七年九月一〇日松山地方法務局に対し右土地を前乙五六番六二と乙五六番二九六とする分筆の申告をしたこと、登記官は右申告を受理して分筆したことは認める。その余は争う。

(2) 同1(二)のうち松山市が昭和二七年一〇月一四日大野鹿男の債権者として代位により右分筆(本件第一の分筆)に基く土地分割登記の嘱託を行つたこと、登記官が右嘱託を受理して土地分割登記(本件第一の分筆登記)を行つたことは認める。その余は争う。

(二)(1) 同2(一)のうち、前乙五六番六二が大野鹿男の所有名義であったこと、松山市が昭和二九年一二月一〇日松山地方法務局に対し大野鹿男の債権者として代位により右土地を原告主張の二筆の土地とする分筆の申告をし、登記官が右申告を受理して分筆を行つたことは認めるが、その余は争う。

(2) 同2(二)のうち、松山市が昭和二九年一二月一〇日松山地方法務局に対し大野鹿男の債権者として代位により右分筆(本件第二の分筆)に基づく土地分割登記の嘱託をしたこと、登記官が右嘱託を受理して土地分割登記(本件第二の分筆登記)を行つたことは認める。その余は争う。

(三) 同3のうち、原告が、昭和四八年七月四日受付で、下岡政一が新乙五六番六二について有していた所有権移転請求権仮登記の移転の付記登記を受けたこと、本件土地について、松山地方裁判所昭和三五年(ワ)第三六三号土地所有権確認請求事件並びに昭和四八年(ワ)第二七九号土地所有権確認参加事件(前件訴訟)において、原告(右事件の参加人。)と松山市(右事件の被告。)との間でその所有権の帰属が争いになり、本件土地の所有権確認を求める原告の請求を棄却するとの判決がなされ、右判決が原告の控訴及び上告を経て確定したことは認めるが、その余は争う。

(四) 同4の事実は認める。ただし、原告が松山地方法務局登記官に対して申請したのは土地表示更正登記である。

第三証拠〈省略〉

理由

一 分筆の処分性について

分筆は、客観的に存在する一筆の土地を、土地の物理的形状や所有権等実体法上の権利関係には何ら変動のないままに、公簿上細分化して数筆の土地とするだけのもので、当該土地についてもその隣接土地についても、区画形質に変動を与えたり実体法上の権利関係に直接影響を及ぼしたりするものではない。これは被告主張のとおりである。しかし、そうだからといつて、そのことから直ちに、登記官のなす分筆には行訴法三条の「処分」としての性質がない、としてしまうのは論理の飛躍である。登記は土地に対する権利の得喪変更を第三者に対抗するための要件であるから、土地所有者にとつて自己所有地が一筆であるかそれが分筆されて複数の筆になつているか、複数の筆になつているとしてそれぞれがどの位置にどのような地形で存在するかは、それを処分する場合などに実際上重要な意味を持ち得るものである。したがつて、土地所有者の、自己の土地を何筆の土地として所有するか、複数の筆として所有するとしてそれぞれの筆をどの位置にどのような形で所有するかの自由(この自由の中には、当然のこととして、自己所有地を意に反して法律上の根拠なく分筆されないということが含まれる。)は、法的保護に値する利益であるということができ、しかも、この利益は、単に法的保護に値するというのみでなく、現行実定法上現に保護されている利益である。すなわち、分筆の登記(現行法上、分筆は、分筆の登記によつてのみなされる。)は、一筆の土地の一部が別地目となつた場合又は一筆の土地の一部が地番区域を異にするに至つた場合という極めて限られた例外の場合に登記官が職権でなすのを除けば、すべて、表題部に記載した所有者又は所有権の登記名義人の申請によつてのみなされるものとされており(不動産登記法八一条の二第一項、第四項)、しかも、申請を行うか否かは一筆の土地の一部の地目が変更された場合(不動産登記法八一条参照)を除き完全に所有名義人の自由に委ねられている。また、このような申請がなされると、登記官は、申請が所定の要件を具備している限り必ずこれに応じた分筆登記をしなければならないものとされている(不動産登記法四九条)。これらのことは、とりもなおさず、現行不動産登記法が所有者の有する前記自由を法的権利として承認していることを示すものであり、このように考える以外に分筆登記についての前記仕組みを説明する方法はない(なお、分筆登記の申請者は、正確には、登記簿上の所有名義人とされており、所有者とはされていないが、これは、登記ということがらの性質上、登記簿上の記載を基礎に手続を進めるのが適切であることから来た結果であり、右のように述べることの妨げにはならない。)。

もつとも、本件各分筆及び本件各分筆登記のなされたのは、昭和三五年の法改正前の不動産登記法及び当時の土地台帳法の下においてであり現行法の下においてではないが、右に述べたところは、右改正前においても基本的にはそのまま当てはまる。むしろ、当時は、法律上、分筆は土地所有者の申告に基づき行われるものとされ、分筆後それに基づきなされる登記は所有権に関する登記とされていたので、より強く当てはまるともいうことができる。

登記官の行う分筆は、法によつて保護されている右利益に直接影響を与えるものであるから、国民の権利義務に法律上の効果を及ぼすものとして、行訴法三条の「処分」に当たると解するのが相当である。

登記官の行う分筆が行訴法三条の「処分」に当たらないことを理由として本件訴えが不適法であるとする被告の主張は、採用できない。

二 訴えの利益について

1 本件訴えは、旧乙五六番六二を前乙五六番六二及び乙五六番二九六とした分筆(本件第一の分筆)並びに前乙五六番六二を新乙五六番六二及び乙五六番二九七とした分筆(本件第二の分筆)の無効確認並びにそれらに基づく土地分割登記(本件各分筆登記)の抹消の命令を求めるものである。

2 一方、このような訴えを提起する根拠となるべき自己の法的地位につき原告の主張するところは、「原告は、右二回に亘る分筆後、前乙五六番六二についてその所有者に対する売買予約上の買主の権利を第三者から譲り受け、所有権移転請求権仮登記の移転の付記登記を受け、右所有者に対して予約完結権行使の意思表示をした。」というに尽き、それ以上に、本件各分筆前又はその後の各土地について何らかの権利を取得したとの主張はない(そのような事実を認定させる証拠もない。)。そして、このような地位にある自己の本件各訴えを提起する法律上の利益を基礎づけるものとして、原告の主張するところは、次のとおりである。

原告は、松山地方裁判所昭和三五年(ワ)第三六三号土地所有権確認請求事件並びに昭和四八年(ワ)第二七九号土地所有権確認参加事件(前件訴訟)において、原告(右事件の参加人)が松山市(右事件の被告)に対し、本件土地(別紙図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イの各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地)が新乙五六番六二であり原告は新乙五六番六二の取得により本件土地の所有者になつたと主張して、本件土地について所有権の確認を求めた。しかし、判決では新乙五六番六二は登記簿上の表示のみあるがそれに対応する現実の土地がない幽霊地であり本件土地は新乙五六番六二ではないとされて、原告の請求が棄却され、右判決は原告の控訴、上告を経て確定した。したがつて、本件各分筆が無効であることが確認され本件各分筆登記が抹消されれば、原告の本件土地についての所有権が新たに認められる可能性がある。

3(一) しかし、原告主張の右事実がすべて真実であるとしても、これをもつて原告が本件各訴えを提起する法律上の利益の根拠とすることはできない。

(二) まず、原告の主張は、つまるところ、本件土地の所有権が自己に属することを明らかにする手段としての必要性をもつて本件各訴えの訴えの利益にしようとするものであるが、この主張が採用できないものであることは明白である。本件各分筆の無効が確認され本件各分筆登記の記載が抹消されたからといつて、松山市との間に一旦判決で原告に属さないと確定した本件土地の所有権が原告に属すると認められる可能性がそれ自体によつて生ずることはあり得ず、また、仮に何らかの理由により、原告が松山市との間においてにせよ、それ以外の者との間においてにせよ本件土地の所有権が現に原告に属していることを主張する上で、本件各分筆が無効であることが意味を持つことがあり得るとしても、その場合にはその主張の根拠の一つとして右無効を直接主張すればすむことであり、独立の訴訟によりそれを確定したり、本件各分筆登記を抹消したりする必要は全然ないからである。

(三) 次に、原告が、本件土地の自己所有であることを根拠に右土地に関するあるべき登記の表現の前提手段として、本件各訴えを提起することも許されないというべきである。

本件土地がすでに長期にわたつて松山市によつて同市の所有であると主張され現実にも同市によつて利用されてきた土地であること(このことは証拠上明白である)を前提に考えると、原告と松山市との間の前件訴訟の判決において、本件土地は、もともと原告によつて取得されたことがないことを理由に(前件訴訟における最大の争点は、原告が自己所有を主張する新乙五六番六二((なお、原告が右土地の前所有者であると主張する黒田昭徳(((正確には、その先代である黒田薫)))が右土地を取得したのは松山地方裁判所昭和三四年(ヌ)第一号申立人菅野商事有限会社被申立人大野鹿男間の強制競売申立事件における競落によつてである。))が本件土地の全部又は一部を含むか否かであり、右訴訟においては、この点をめぐつて長期にわたつて激しく争われた結果、原告も認めているとおり、新乙五六番六二は幽霊地であつて本件土地を一切含まないと判断された。このことも証拠上明白である。)、原告所有でないとされその判決が確定した以上、原告が同土地そのものに対して実質的に意味ある権利主張を行う機会は、右確定判決の基準時後の権利取得の事実を根拠にするのは別として、特別な事情の存在しない限りもはや認めることができないと考えるべきであるのに、原告は、右基準時後の権利取得の事実も、右特別事情に該当する事実もいずれも主張しておらず(このような事実を認めさせる証拠もない。)、このような原告が、本件土地を所有することを前提として同土地に関する分筆登記を問題にすることはもはや許されないというべきだからである。

4 その他にも、本件各訴えの訴えの利益を根拠づける事実は、主張されておらず、証拠上これを認めることもできない。

三 結論

以上によれば、原告の本件各訴えは、その余の点についての判断のいかんにかかわらず、訴えの利益を欠くことにより不適法であることが明らかである。そこでこれを却下し、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

図面〈省略〉

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